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夜寝るのが遅くなると、腹も減るから、何か食べることになる。 いつまでたっても腹が引っ込むことは無い。
メタボ改善の当初から、今回は特に重点的に指摘されていたことだが、なかなか守れない。 「夕食後の間食を摂らない」という項目は、力点の第1項に掲げてある。 が、×印が並んでいる。 〇印は数えるほどだ。 早く寝れば、×印を書き込まなくてもいいのだ。 が、進歩は少しづつである。 ちょっとづつだから、とかく見えない。 それで、できないことの方ばっかり大きく見える。 そして、暗い気持になるのだ。 精神衛生上、たいへん良くない。 家のなかのことをいろいろしたが、午後というか夕方はちょっと横だった。 おふくろを医者に連れていこうと話していたのに、私の方が動けなかった。 夕食もご飯を仕掛けることができず、冷凍のチャーハンを温めた。 おかずは、レトルトの八宝菜に、鳥のササミと白菜をそいだのを加えて作った。 ちょっと多くて、私も食べきれず。 おふくろはウズラの卵をだいじそうに寄せて、食べていた。 夕食後、新聞読んで(チャンと座って、1面から4面=これで全部=まで、主な記事を拾って)、連句の付け句も考えて送稿。 こんな、1つ1つの細々とした些事の組み合わせが生活、生きるということだ。 それらが、生き生きとできると、気持がいい。 生き生きとできないと、嫌嫌だと、それは全然おもしろくないものになる。 私は長いこと、負担に感じていたから、ずいぶん重かった。 また、瑣末な、つまらぬことだけをやっているようにも思い易い。 だが、これらの瑣末なことは、日常生活において無くてはならぬもので、必要不可欠なものである。 また、それは日常茶飯の、毎回変わらない、同じようなことだから、その点からも、値打ちの無いことをしているように思ったりもする。 しかし、それらは、まさしく、生きる上で欠くべからざることなのだ。 家事とは、そういうことなのだ。 その家事を行う上で、愛情を感じながら行えれば、言うことは無い。 それは、同じ日常茶飯事でも、1つ1つの趣が違ってくるように思われる。 私の場合は、誰かにということは無いが、こういう日常自体への愛情というか愛着が、感じられているから、苦痛ではなく、むしろ多少とも意欲的にできるのではないだろうか? ある種の自己愛だが、その点については、十分に注意しよう。 まあしかし、自己肯定感が持てなかった者が、自己愛傾向があろうと、なんか肯定的に自己の行動を考えられるのだから、良しとしてもいいだろう。・・・・・ 早く寝ること、がんばろう! にほんブログ村 人気ブログランキングへ
0時をだいぶ過ぎている。 毛布を膝に掛けなくても済む。 が、水曜日、木曜日と冷え込むみたいだ。
ゆうべ(28日夜)も遅かったから、昼間は大方横だった。 歌の練習ができなかった。 歌の練習をするか風呂に入るかとだいぶ迷ったが、体の気持悪さには勝てず、夕方だったが風呂に入る。 だいぶ入っていなかった。 髪も2度洗いした。 上がってから、あまり時間無かったが夕食作り。 かつがつ食べることができた。 早く食べたら、少しでも練習と思っていたが、それどころではなかった。 合唱の練習から帰ったら、ちょうど洗面所でおふくろと顔合わせ。 風呂に入るように言い、湯加減を見る。 ちょうどいいところで入れ流しにしておふくろに言いに行くと、テレビに注目の真っ最中。 もう、テレビのスイッチを切って、入るように促す。 おふくろもだいぶ入っていなかったので、今日(29日、以下同)は重い腰を上げて入っていった。 私はなぜか腹が空き、ラーメンを拵えて食べた。 こんなことはあまり経験が無いのだが・・・・・。 指示通りに湯を注いだら、だいぶ辛かった。 このラーメンはもっと薄味の方がいい。 北国産のラーメンだったのだが、もしかしたら、北国のラーメンは辛いのだろうか? 東京にいるとき、アパートの近くに開店したラーメン屋に行ったのだが、海水よりもまだ濃くて、食べるのがたいへんだった経験があるのだが、作ったのは新潟の人間で、私が「辛い」と言ったのに、「辛くありませんよ」と、譲らなかった。 あんな辛いラーメンは2度と食べたくないが、今日のも、だいぶ辛かったなあ・・・・。 東京では、ラーメンとそばをよく食った。 会社からの帰り道にうまいラーメン屋があって、よく寄った。 下ろしニンニクと七味唐辛子をたくさん入れて食べたから、そのあと電車に乗るのが気が退けたが、消臭効果があるというカプセルを携帯していて、それを飲んでいた。 そばもよく食べた。 上等な店に行くことは稀だったが、信州そばのチェーン店なんかでも結構おいしかった。 西日本のこちらの方ではそば屋は少ない。 その点東京は、50メートルも歩けばそば屋にぶつかるぐらいある。 うん、実際は100メートルぐらいかな、もうちょっと歩かなければならないときもあるが、とにかく多い。 こちらは黒いそばが多いが、東京は白いそばが多い。 私は黒い方が好きだが、そばのうまさは白くても黒くても変わりはしない。 駅そばはそんなにうまくは無かったが、目黒駅の醤油がらいかけそばは、今も変わらないだろうか? あのかけそばは、出しも独特だったなあ。 それに比べると、三鷹駅のかけそばはノーマルで、食べやすかった。 (と、ここで、かつての職場付近の地図に目を奪われていた。 なんか、高層ビルがだいぶ建っているようだ。) かつての細々とした街割は消滅したのだろうか? 合唱の練習、空でだいぶ覚えているが、細かい所や息継ぎなど、詰めの段階に入ってきたのかな? しかし、1年がかりで歌い込むというか覚えるから、だいぶ熟成されるというか、自分のものになるのだなあ。 15~6人が、毎週1回、飽きもせず歌って、歌って歌って覚えていくんだな。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
夕食後、だいぶ横になっていた。 おかげで、少し回復した。
今朝(28日朝、以下同)、明け方だったからなあ。 だいぶ寝坊したが、それでも、リズムが狂っているからなあ・・・・。 プチ遠出だった。 ほんとうに久しぶりのドライブだった。 私は軽のおんぼろ車なのに、あまりゆっくり走りたがらない。 遅い車の後について行くのはどうも。 しかし、追い越し禁止区間は、ちゃんと車間距離を取って走る。 危ない追い越しも極力避ける。 追い越しができるところで、できるだけ早く追い越す。 こっちがおんぼろ車だから、追い越すときはギアダウンして、パワーアップして追い越す。 普通車も遅い車は追い越すから、追い越された方はいささか気分悪いかもしれないが、それでも後を追ってこられることはまず無い。 追い越した後も道が空いていれば、どんどん先に行ってしまうから・・・・。 今日(28日、以下同)、久しぶりにドライブして、私は運転が好きなんだなあと、改めて思った。 もう何年かしたら紅葉(?、今は違うのか)マークの仲間入りするんだが・・・・。 しかし、年相応、暴走や危険運転にならないよう、気をつけよう。 しかし、私は下り坂でアクセルを踏むことは少ない、大概転がしている。 ブレーキもあまりかけない。 ノンブレーキでカーブも曲がっていく。 しかし、危険な速度は出していない。 もちろんスピードが出ているときはカーブの手前でブレーキを踏むが、そういうときはそんなに多くない。 早くは走るが、安全な速度で走っているということだろうか。 が、その判断能力が落ちて来ているだろうから、気をつけよう。 カウンセリングの例会だった。 私は2ヶ月振り。 なんか、最初は戸惑った。 人の話に耳を傾けることなど、普通の生活では無いのだ。 どうだったかなと、思い出すようにして参加していった。 しかし、話を聴くことは難しい。 意味を聴き取ることはかつがつできるのだが、それも、相当に難しい。 だいたいわかったとして、聴くということはどういうことかというと、その人が何を言いたがっているかということを聴き取るということだ。 あるいは、言葉の裏にあるその人の気持に寄り添うということだ。 だから、一々言われた言葉に反応する必要は無いのだ。 ましてや、言われた内容の価値判断なんかもっての他なんだが、しかし、実際は、聴いていると、「あっ、そういう風に思うんだ」、「そんな風に思わなくてもいいのになあ」とか、さまざまに価値判断をしながら聴いているのだ。 どうしても、評価の方が先に立ってしまう。 だから、その人の気持を慮(おもんばか)ることは難しいのだ。 だが、この会は、そういう聴き方を練習するところだ。 だから、普段はまずしない相手を慮った聴き方を、全力を傾けてしてみようとするのだ。 だから、こういうワークショップの後は、たいへん疲れる。 だが、それは、心地よい疲れだ。 お互いの、人間としての関係を、いいものにしようという訓練なのだから。 お互い未熟だから、スムースに行かないで、齟齬を来たすことがしばしばある。 今日も、私がその役を務めてしまった。 他の人の感想に、異議を挟むようなことを言って、最初に話した人はそっちのけで、他の2人が考えの違いを述べ合う、議論になったところがあったのだ。 最初に話した人が、「議論みたいになって、話さなければよかったって思った」と、率直に言ってくれたので、それ以上進まず、大過には至らなかった。 しばらくして、核心に触れるような感想について話になり、結果として、実り多い話になった。 一番最後には、なんかしみじみした気持になり、最初に話した人も、最後の最後には涙ぐんでいた。 この人のそういう姿は、初めて見たのではなかっただろうか。 なんか、今思い出しても、胸が詰まるような感じがある。 こんな風に心が通うことは、そんなには無い。 ほんとうに、いい会だった。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
昨日(26日、以下同)じゃなかった、おとつい(25日、以下同)、やっと、ムーバからフォーマへの切り替えをした。 正式にはその申し込み。 意外に簡単だった。 こちらが機種などいろいろ決めていたから、話は早かった。 向こうからの指示にこちらの要望を伝えるだけで、大方済んだ。 しかし、一気にスマホだが、大丈夫か?!
まあ、私の使用目的はメールがキーボードタッチでできることがメインだから、その他はあまり使わないようにしょうと思っている。 カメラの性能は良いようだからカメラ代わりというか、これも使わさせてもらう。 何もしなくても働く(電池を消耗する)アプリがだいぶか少しかあるようだから、これは普段は切っておく。 このブログの書き込みアプリは入れておかないとな。 去年の夏ごろから督促されていたから、1つ肩の荷が下りた。 なんか、最近のPCメールによると、PCの方のアプリのアップロードがいくつかあるみたいで、面倒だが、それもやっておかないといけない。 郵便物では1970年代ぐらいからだったかなあ、ダイレクトメールが流行り初めて、アッと言う間にほとんどの郵便物がそうなってしまったが、PCや携帯は誕生当初から広告漬けだ。 私はだいぶ泳がされ、だいぶ翻弄されたが、多くの広告が無用である。 メール受信を了解していると、メールは広告だらけになるし、スパムは性懲りもなくあの手この手で送りつけてくる。 PCは興味深い道具だが、使い手の主体性保持には、ほんとうは使用当初から意識的でないといけない。 こないだカナダの人が言っていたが、カナダでは、バーチャルな伝達は信用されていないということで、用の無いときは携帯を切っているという。 それがほんとうだ。 まあ、信用はしてもいいと思うが、自分の用のあるときだけ使えばいいのだ。 年がら年中、スイッチ入れっ放しで、まるで、携帯に使われているようになっているのが、日本の風景かもしれない。・・・・・ 今、東京で電車のなかは携帯を見ている人だらけらしいが、私が居た10年前は、のどかだったなあ・・・・、漫画雑誌と、旅行会社のカタログと、スポーツ紙、タブロイド版の夕刊紙だったなあ・・・・・。 それでも、それらを各自が脈略も無くテンデンバラバラに黙って見ている風景は、ほんとうに世紀末を感じさせられたのだが・・・・・。 今は、想像するに、人間が消滅しているような感じかな? まるで、人間がロボットになったような、みんな携帯に使われているのかも・・・・・。 そんなところには居たくないなあ・・・・。 だいたい、山手線に乗っていて、朝靄の上の方から高層ビルが覗いているのを見るだけで、未来都市の風景のような、超自然的風景に見えていた私には、とてもじゃないが、なじめないなあ・・・・・。 あの高層ビルは異常だと思うなあ。 人間はやっぱり大地に立っていなきゃあ。・・・・・・・ なんか、そう遠くない将来には、宇宙エレベーターが実現するらしいが・・・・・・。 そんなこと考えられないだろうと思っていたら、なんか、けん引するロープだったか何かで、現実的な可能性があるという話だった。 宇宙ステイションとの間の往復も、そうなるのだ。 なんか、地上にへばりついている価値観から、宇宙へ広がっていく価値観への転換期なのかもしれないなあ・・・・・。 しかしながら、宇宙へ出ていくのはいいが、人間が働き暮らすところは、やっぱり地上がいいなあ・・・・。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
もうすぐ01時だ。 卓球から帰って着替えないまま食事を作り、食べ、片付ける前におふくろを風呂に入れようとしたが、お湯を張って知らせに行ってみると寝ているのだった。
そのあとトイレに行ってみると大ごとであった。 どうしたらあんな風に汚れるのかわからないが、覚悟を決めて清拭にかかった。 もう1部、固くこびりついていたが、まあまあ取れた。 その状況からすると、食事の前にトイレに行って、だいぶ時間をかけていたが、あのときだろう。 しかし、そのあと、何も無かった顔で食卓に着いたのだなあ・・・・・・。 底知れない恐ろしさがおふくろにはある。 ヘマやってもいいが(今回のはヘマじゃないのかもしれないが・・・・)、「ごめん、斯く斯くしかじか・・・」と言えば、全然気分悪くないが、それは、口が裂けても言わないだろう。 とにかく、自分が悪かった、間違っていたということが言えない人間なのだ。 自分は1番で、自分のしていることに間違いはないと思っている人間なのだ。 そんな人間が粗相するなど、沽券(こけん)に関わるのだ。 卓球は、ちょっと寝が足らなかったので、無理はしないようにした。 私はしかし、かなりなオーバーアクションみたいだ。 大きな声は出すし、大きな身振りで1喜1憂する。 それが、しぜ~んに出るから、止めようがない。 もしかしたら全メンバーのなかで1番うるさいかもしれない。 もう1人女性で、私と同じように大きな身振りで1喜1憂している人間が居る。 まあしかし、そうやって思ってみると、他にも結構、みんな声を出している。 大きな身振りもしている。 まあしかし、冷静な人間も居るから、2種類いるのかもしれないな。 大声、大身振り派と、無口小さい動き派と・・・・。 くたびれ過ぎて、自己コントロールが利きにくい。 おやすみ。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
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