今日(29日、以下同)も沈没。
この団地には1人暮らしの人が多い。 連れ合いを早くに亡くした御婦人の方が多い。 男の1人は私だけかもしれない。 やもめでもないからなあ。 洗濯だけは良くするが、掃除はおろそかにしているから、隅々の方にはほこりが溜まっている。
1人暮らしの1番いけないところは、1日誰とも話さないことが、再々であることだ。 誰とも話さないと、精神衛生上、良くない。 自分の存在感自体があいまいになってくる。 佐世保の少女も、相当な危機的状況にあったのではないだろうか?
私はもう、何10年にわたる精神的葛藤を経験してきているから、自身の状況について、基本的にあわてることが無い。 それでも1日誰とも話さないと、そんな日が何日も続くと、どこか、何かが不安定である。
佐世保の少女は10代半ば、大人と子どもの境目にいるのだ。
それはともかく、今日は動こうと思えば動くことができたのだが、動かない方を選んでしまった。 テキパキと動くことに、まるで拒絶反応のような、またアレルギー反応のように、忌避する気持ちが働く。
やったらいいことはわかっているのだが、やらせない力が働く。 望ましい姿とは逆の方向へ、自身を持って行く。
こういうときは、待つしかないな。 何か得体は知れないが、明らかにブレーキをかけているのだ。
もしかしたらブレーキが必要なのかもしれない。 判ったつもりになってパッパッとやってはいけないのかもしれない。
おやすみ。
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