0時を回っている。 早く書かないと。
朝から合唱の練習で5時前ぐらいに帰ったのだったか。 買い物したりして・・・・。
『坂の上の雲』や、ETV特集の、戦争と障害者の関係についての番組を見たりしていて、遅くなった。
『坂の・・・・』は初めてだが、よく作られているようだ。 飽きさせないものがある。 が、この世界の主人公はエリートではない。 また、今の時代に、明治の気概を伝えること、すなわち富国強兵に向かって行ったその気概を伝えることには、隠された意図を感じる。 NHKの意気込みも異常だ。
戦争と障害者の関係は、おしまいの方、ちょっと耳をそらしていたが、戦争中の障害者の「光」と影の部分を正しく認識することが、今、再び重要になっているのではないかというような番組だったように思う。
障害者は、用不用の論理で取捨選択され、利用され、また、排除されるわけだが、戦争中の実際が、まさしくそれそのもだったようだ。
用不用の論理は、健常者社会でも貫かれている。
私自身の思想、思いのなかにも簡単に入り込んでくる。
自分を不用の人間と思えば、行動は委縮するし、卑屈にもなり、反対に空威張りし、傲岸にもなる。
自分を、役に立つ人間というよりも、例えば自分の感性とか、あるいは心情とか、あるいは意思とか自分で思っても尊いと思うこと、思えること、あるいは、人としてたいせつに思えることというところを、自分のバックボーンとしていくことがたいせつなことではないだろうか?
その辺が立ってくると、自分の目指すものというものが明確になってくるのではないだろうか?
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