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風呂から上がって、PCに向かう前に、机の上の書類の整理にかかった。 ちょっと気になって、次のことに取り掛かれなかったのだ。
やってみて驚いたのは、いろんな事業所からの封書を開けずにそのまま積んでいたことだ。 急を要するところは1つも無かったが、その都度開けていたら、とっくに片付いていたわけだ。 それだけ、私の心に余裕が無かったということである。 その他、ダイレクトメールもたくさんあった。 カタログなんかも・・・・・。 本も間にはさかっていたから、それぞれ仕分けしたら、ざっと3分の1になった。 シュレッダーにかけるものはかけて、ずいぶんすっきりした。 この間いろいろしてきた名残のようなものもいくつかあり、そうだなあ、こんなことをしてきたんだなあと、少し感慨深い。 それに関連したことだが、シャワーにかかりながら思っていたのは、風呂に入るのにも、以前は1大決心をして入らなければならなかったということだった。 とにかく、生活の仕方を知らなかったのだから、だから、些細な、1つ1つのことに自信が無かったんだから、えらかった(しんどかった)よなあと、いうことだった。 私が、自分というものをしまいこんで、まるで無き者のようにしたのは10歳のとき。 それからは、ほんとうの自分の心は動かないで、形だけ、あるいは体だけ存在している私の心が、必要に迫られていろいろ身に付けていったのだ。 ほんとうの心をもう1度見出したのは、それから50年後だ。 私は50年間、自分のほんとうの心を働かせないで、だから、ほんとうの意味で生き生きした感情の動き、頭の働き、そして体の動きということを体験しないまま来ていたのだった。 自分を見出して思ったことは、そういう意味で、ほんとうに自分が生き生き動く動き方を全然知らないということだった。 他人の求めるものではない、自分の動き方を、1から、私は習得することを61になってから始めたのだった。 誰から強制されるわけでもないから、嬉しかったが、しかし、何も知らないということは、現実の世界では、たいへんしんどいことだった。 だから、それから10年近くになろうとするが、今でも、多くのことで自信が持てない。 なにしろ生き方、喋り方、動き方、やり方、関係性など、知らないことだらけなのだ。 だから、現実の世界のなかでは臆病に、恐る恐る適応するということになる。 しかしながら、そうは言ってもこの10年近く、そういう 自分の経験が積み重なって、部分的にというか、私のやり方というか、感情というか反応というかそんな、そう、私の反応を、自分でも認めるようになってきている。 卓球のときにとっさに出る私の姿のように、私の、いろんな反応を、そのまま認める気持になってきている。 私の姿はいろいろあるかもしれないが、とっさに出るそのときそのときの反応が、だって、これが私の反応じゃないか、と、いう感じだ。 そこに、私の姿があるのだ。 それが、私なのではないだろうか? それでも、現実には、自信の無さと、自信らしきものが出てきているのは、半々ぐらいだ。 だから、半分オドオドしながら、現実に対している。 だから、結構、しんどい。 気持がしんどい。 いちいち確かめながら、という状態なのだ。 これでいいか、これでいいかと・・・・・・・。 にほんブログ村 人気ブログランキングへ
by Silvergray777jp
| 2011-09-04 01:46
| トラウマサバイバー
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